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高瀬神社

いこまいけ南砺

 高瀬神社の鎮座は、古く農耕文化の芽生えた弥生時代と云われています。延喜式内社として砺城地方を中心に古くから人々に崇敬されています。日本海沿岸と関係が深い大己貴命(おおなむちのみこと、大国主命:おおくにぬしのみこと)が祭神で、気多大社(能登一宮)や気多神社(高岡市伏木)も同じ祭神です。
 奈良時代の宝亀11年(780年)に「従五位下」と越中最高の位になった高瀬神は、平安初期には正三位、治承4年(1180年)には正一位まで昇叙しました。古くから「越中一の宮」と称され、鎌倉時代の「類聚既験抄(るいじゅうきけんしょう)」にも「越中一宮」と記載されています。明治以降は、縣社(明治6年)や国幣小社(大正12年)に列せられました。
 室町時代には、神社周辺に東大寺荘園の高瀬庄(たかせのしょう)があり、東大寺の古文書に高瀬庄の記録があります。
 境内には、社務所を始め砺波地方の戦没者や開拓者を祀る功霊殿や宝物殿、結婚式場があります。例祭は9月13日に行われ、6月には古式による火縄授けの神事が行われます。初詣には例年数十万人が参詣し、七五三詣、結婚式などでも賑わっています。
高瀬神社

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社殿
社殿
高瀬稲荷社
高瀬稲荷社
土俵
土俵
功霊殿
功霊殿
さざれ石
さざれ石
宝物殿
宝物殿
手水舎
手水舎
藤井秀直公の銅像
藤井秀直公の銅像
 

 
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